​静謐に耳を澄ますということ

ゆーりCafeのまかない

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よくあることなのですが、どうしても「書けない」と感じることがあります。

「そんな毎日書いているのだからネタの無い日もあるだろ」とか「少し外を出歩いてみるといい、ネタがあるよ」と言われることもあります。

それは圧倒的に真実です。

ただ、時々ある「書けない」はネタが無いのとは少し違っていて「ネタはあるけど書けないのです」

自分が考えているネタが文章になるのを拒否しているという感じでしょうか?

そんな「文字」なんかにおれは収まらねぇ!とブチ切れられているような心境になってしまうのです。

僕はとても気が小さいので、脳内とはいえ恫喝されたら(誰もしてないけど)委縮してしまいます。せっかく委縮するのならウエスト周りだけすればいいのになどとどうでもいいことを考えてしまうことも「書けない」要因の一つなのかもしれませんが。

気分を変えようと散歩しても、猫の爪切りをしても気分はなかなか変わりません。猫の機嫌が悪くなるだけです。

もともと気分の浮き沈みの少ない穏やかな性格をしているので、そうした気分が変わるもの時間がかかります。とても時間が掛かるのですが一日は朝が来れば始まり夜になればおわります。それは変わらないですし、どんなに言葉を入れ替えたとしても変わることではありません。締め切りはくるし、書かなければ書けないだけで対して誰も困りません。

そこに逆らうことばかりが良いことではなく、そうした自然な流れを感じて自分の中に取り込む。時は過ぎ、気持ちはゆっくりとした変化しか創らない。

そのゆっくりに浸ること、そこに人間の「気持ち」が隠れているように感じます。

人と逢う喜びは、そうしたどうしようもない「隠れたもの」であるからこそ、感じるもの。

感じる時に、控えめな【美】を見出すような気がします。

機械のように変わらぬリズムで創られたものでないから

気まぐれのように浮かび上がる「想い」は貴重なのだと思う。

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